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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)11438号 判決

原告 同栄信用金庫

理由

第一、本訴について

一、本訴請求原因事実はすべて当事者間に争いがないから被告らの抗弁について判断する。

被告らは本件各手形は、貸付を仮装して振出されたものであるから無効であると主張するけれども、仮装の貸付のために手形を振出したからといつて手形振出行為を無効とすべき理由はないから右主張は採用できないのであるが、貸金支払のために手形が振出された場合右貸付が仮装のものであるときは右原因関係上の抗弁を主張して手形授受の当事者間ないし悪意の譲受人に対して手形金支払を拒み得るものと解するのが相当であり、被告らの抗弁もこの趣旨をも含むものと解すべきであるから、以下この点の判断をする。

しかるところ、本件各手形がいずれも各振出人から原告に交付されたものであること、右手形の授受が原告の被告会社に対する貸金債権支払のためになされたものであることは当事者間に争いがないから、右貸金が仮装のものであるか否かについて検討する。

(一)  《証拠》を綜合すれば、

昭和二七年頃原告は訴外栄不動産株式会社所有の東京都中央区銀座六丁目二番地上に訴外三原某所有の隣接地をも敷地とする(その同意は未だ得られなかつたが)原告の銀座支店ビルを建築し、一部は原告において使用し他は右栄不動産が他に事務所として賃貸することを計画し、訴外東急建設株式会社に建築を請負わせることとし、原告の専務理事笠原慶太郎は右東急建設の常務取締役であつた訴外松田文蔵に設計者の推せんを依頼した。そこで、右松田は昭和三八年二月頃被告会社代表者である被告図師を原告本部に同行し、笠原専務および常務理事(総務部長兼務)川又俊三らに紹介し、被告会社を設計者として推せんした。その際、被告図師は社団法人日本建築家協会の「建築家の業務および報酬規程」書を笠原専務に交付し、報酬は規程より一五%低廉にするが、設計を委嘱してくれるならば敷地図を渡して貰いたい旨申述べておいたところ、同月中旬川又総務部長を通して笠原専務から敷地図の交付を受け、同月下旬には笠原専務とともに現地を検分し、現地においては、原告の子会社だということで、訴外栄不動産の常勤取締役三沢、森らを紹介された。そして、被告図師は笠原専務・川又常務・銀座支店長横倉信次らの意向を聴取し設計業務に入つた。しかし、隣接地主との接渉に手間どつたり、或いは、建物全体の規模をどうする(原告の専用部分を一四〇坪とすることは確定していた。)かについて内部で検討するのに暇がかかり、漸く同年一〇月中基本設計を終え、引続き実施設計業務に入り、昭和三九年二月には建築確認申請書に添付すべき設計図書一式を完成し、申請書を川又常務に交付した。そして、栄不動産名義をもつて東急建設の社員浅川繁に申請手続が委任され、栄不動産を建築主とする建築確認申請が提出され、同年四月一一日確認通知を得た。右の確認申請は、当時改正建築基準法施行前であり旧法により確認を得る方が、土地利用の面で効率的であつたため被告図師の助言により急がれたのであるが、結局敷地に予定した隣接地の地主の合意が得られなかつたため、原告は同年五、六月頃本部会議室において検討会を開き、その頃提出されてあつた東急の見積書や被告会社調製の図面を基にして被告図師も出席して検討した結果、従来駐車場を地下、一階以上を銀行業務室としていた案を変更し、駐車場を一階として二階以上を銀行業務室とすることで設計し直すこととなつた。この変更は建築構造上根本的な変更となるので被告会社は改めて基本設計に入り同年一〇月末には設計を完了し、同年一二月には前回と同様の方法で確認申請書が提出され、昭和四〇年一月二〇日確認を得ることができた。ところが、原告理事長の意向で着工保留となつたまま右理事長は外国に出発したまま着工するに至らず、その後に至つて原告は原告理事長個人を建築主とする建築確認を得て、他の建築業者に請負わせビル新築をするに至つた。

以上のとおり認められ、証人川又俊三、同三谷利助、同横倉信次、同笠原慶太郎、同大沢源之助の各証言、原告代表者尋問の結果中右認定に反する部分は借信しがたく他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(二)  当初被告会社代表者被告図師が笠原専務と本件ビル新築設計について接渉した頃、笠原専務からは、工事予算は坪当り一六万円程度に押えたいということであつたが銀行の建物としてはいささか無理であつたので、設計報酬については建築工事費が確定したときに精算するということで被告会社は前述のとおり第一次の設計業務に入つた。そして第一回の確認申請をした段階において被告会社は川又常務に対し千数百万円の報酬額を主張して報酬額の決定支払を求めたのであるが、本件ビル新築が訴外栄不動産名義をもつてなされるということなどから川又常務らにおいて設計監理契約を直ちに文書化することもできず、したがつて、額の決定・支払方法も確定的に具体化するに至らなかつた。しかし、被告会社に対し、川又常務(当時貸付審査担当理事であつた。)から昭和四〇年四月下旬「実質的に支払をしなければ、被告会社としても困るであろう。一カ月も経てば原告の内部の処理もつくからそのときに精算するとして報酬の半分程度は銀座支店扱いで貸出をする。利子も一月分あるいは三月分の利子ははらつてほしい。」旨の申入れがあつた。そこで被告図師は同月二七日銀座支店に赴き横倉支店長と接渉して、被告会社は原告の組合員となり、被告図師を連帯保証人とする原告と被告会社間のいわゆる銀行取引約定書が作成され、被告会社は被告図師と共同で金額六〇〇万円の約束手形を振出し原告に交付し、金六〇〇万円から被告主張のとおり出資金、利子相当分を差引き、なお一部は定期預金化し残金の交付を受けた。ところが、その後に至るも、契約を文書化することができないまま前述のとおり第二次設計業務に入り第二回の確認を得た後に至つても同様であつた。そして、この間昭和四〇年二月二一日前同様金二〇〇万円の貸出しとして被告会社は原告から利子その他として被告ら主張の額を差引き残額の交付を受け、本件2の約束手形を振出し交付し、前記約束手形は満期に本件1の約束手形に書替え交付した。(以上いずれも他に人的・物的担保はなく、定期預金も後日払戻されている。)以上の状況であつたので、被告図師は、昭和四一年四月五日には設計監理の委託契約書案を同年四月二〇日には被告会社の報酬計算書を原告に送付する等文書又は口頭をもつて、笠原専務・川又常務らに報酬総額の決定・支払の交渉方を要請した。原告は当時川又常務の後任として総務部長の職にあつた横倉信次から、総務部名義をもつて被告会社の報酬計算書に対し再検討を求める書面を送付していながら、ビルの建築主は栄不動産であるなどと主張して合意されぬまま今日に至つている。

(三)  以上認定の各事実によれば、被告会社は昭和三八年二月中および昭和三九年五、六月頃原告から前記銀座支店ビル新築工事の設計監理の委任を受け(特別の事情のない限り設計委任にあつては監理委任をも含む趣旨でなされるものと解するのが相当である。)、右委託に基いて被告ら主張のとおり第一次および第二次設計業務を遂行したところ、報酬の額について確定的合意を得られないまま、その内払をする趣旨で便宜上手形貸付の形式をとり貸出金名義で支払がなされ、右貸付金支払のために本件手形が振出されたものとみるべきである。してみれば、本件1、2の約束手形は、仮装の貸金支払のために振出されたものというべく、振出人においては受取人たる原告に対しては手形金支払を拒み得るものとしなければならない。

尤も、本件ビル新築工事が訴外栄不動産が建築主となつて確認申請手続をしていること当事者間に争いがないのであるから、右新築工事の設計委任も訴外栄不動産がしたのではないかとの疑がないでもない。しかしながら、証人笠原慶太郎、同横倉信次、同三谷利助の各証言の一部と証人松田文蔵の証言を総合すると、一般に金融機関が貸ビルなどをして不動産の管理を行うことは大蔵省の許可が得られないので、別会社を設立して管理経営をするのを例としているところ、訴外栄不動産も昭和二三、四年頃原告の役職員が株主となつて創設せられ、本件建築確認申請のなされた当時においては七名の取締役中五名は原告の理事が兼務し、常勤取締役二名(原告の元役職員)、を含めて社員七名という構成であり、栄不動産の重役会などはすべて原告の役員室で開かれておつて右の例にもれず、栄不動産の役員らも栄不動産と原告とは一体として理解しており、本件ビルの敷地も真の所有者は原告であり、ビルも実質においては原告が新築するものであるという風に考えており、したがつて、前記建築確認申請をなす場合にも原告の諒解を得てはじめて常勤取締役森は申請委任状に押印していることが認められ、原告の内部においてはともかく、被告会社との関係では原告が設計監理を委託したものとみるべきである。それ故、栄不動産が建築名義人であるからといつて、前記貸付が設計料報酬支払と無関係に行われたなどとみるべき筋合のものとは考えられない。

しからば被告らの抗弁は理由あり原告の本訴請求は失当として棄却すべきである。

第二、反訴について

一、被告会社が被告会社主張の業務を営むものであることは当事者間に争いがなく、被告会社が、被告会社主張のビル新築工事について原告から昭和三八年二月中設計監理の委任を受け建築確認を得るまでの設計業務を遂行したところ、原告の事情により右ビル新築計画に変更があり、昭和三九年五、六月頃変更計画に従つた設計監理の委任を受け右第二次の設計についても建築確認を得るまでの業務を遂行したところ、再び原告側の事情により建築着工実施保留せられ、原告の理事長が個人名義をもつて別個に確認通知を受けて工事を施工するに至つたことは本訴において判断したとおりである。

二、しからば、被告会社は第一次・第二次とも委任に基く設計監理業務のすべてを完了したわけではないけれども、遂行した受任業務については報酬を受けることができるものといわなければならない。

しかるところ、原告と被告会社間においては、報酬額は社団法人日本建築家協会の報酬規程に従い一五%程度低廉にするという合意がなされたのみで具体的な数額については確定的な合意のなかつたことは前認定の事実によつて明らかであるから、右報酬規程に従つた相当な額より一五%減じた額をもつて報酬額として定むべきである。

原告は右第一次の設計は実現不可能のものであつたから、被告会社は報酬請求はできないというけれども、前認定の事実によれば、第一次設計は原告が予定して立案した新築計画が、予定の敷地を確保することができなかつたため、実際上建築工事を実施できなかつたに過ぎないことが認められるので、原告において報酬支払義務を免れるものではない。

三、よつて、右報酬額について判断する。

《証拠》によると、被告会社の実施した設計業務は第一次第二次とも五二・七%程度完成しているところ、本件建築の総工事費は第一次の場合は三億九二〇〇万円、第二次の場合は三億二三〇〇万円と推定され、前記報酬規程中の料率による算出方法によれば、本件建築の場合は総工事費に対する四・四〇%の料率によるのが相当であることが認められ、右認定に反する証人大沢源之助の証言、被告図師本人兼被告会社代表者尋問の結果は採用しない。

原告は本件設計業務については実費加算方式によつて算出すべきであるというけれども、前記報酬規程によれば、料率による算出を原則とされているのであるから原告の右主張は採用しない。

しからば、右の方式に従つて報酬額を算出するときは、第一次設計については金九〇九万四四〇〇円、第二次設計業務については金七四九万三六〇〇円となり、それぞれ約旨に従つて一五%を減ずれば第一次設計分は金六八二万〇八〇〇円、第二次分は金五六二万〇一〇〇円となり、原告は被告会社に対し右金員を報酬として支払うべき義務あるものというべきものである。

四、しかるところ、被告会社は将来確定さるべき報酬金の内払として第一次設計分について金五六二万三〇〇〇円、第二次分について金二九七万六五五〇円を受領していること被告会社の自認するところであるから、原告はこれを差引いた残額金三八四万一二五〇円を被告会社に支払うべき義務がある。

原告は予備的に相殺の抗弁をするけれども、その主張の自働債権の存在しないこと本訴において判断したとおりであるから右の抗弁は理由がない。

五、しからば被告会社が原告に対し右残金およびこれに対する反訴状送達の日の翌日なること記録上明らかな昭和四二年三月二四日以降右完済まで年六分の商事法定利率による遅延損害金の支払を求める限度において反訴請求は理由あるをもつて正当として認容すべきもその余は理由がないから失当として棄却すべきである。

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